北京紀行「川底下村」

北京市の西約90キロの所に、明・清時代から今もその姿を残す川底下村(せんていかそん)と
云う集落があります。  
現在約70戸の「四合院造」の建物がほぼ完全な状態で保存されており、20年ほど前は過疎化
が進み20人程度に減少したとの事ですが当時の村長の尽力で村興しが効を結び現在は30所
帯90人程が住んでいるそうです。
 川底下村は中国語では爨底下村と呼ばれていたそうですが、爨と云う字は釜戸という意味が
あり、この集落の地形が急斜面の谷底にあり、そののように呼ばれているとの事です。

川底下村のおよその位置
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集落の反対側の山の中腹より
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村の入り口にある中国語で刻まれた村名碑
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民家の壁に書かれた「爨」かまどを意味する文字
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中庭を中心に四方向に建物がある「四合院造り」
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四合院の入り口
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急斜面に石垣を築いてその上に建物が建てれれている。
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村で唯一のお土産物の店
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数少ない食堂のかんばん
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村内には空き家や廃屋も結構多く民間だけの力では維持が危ぶまれろ
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この村には若い人が少ないのか老人ばかりのような印象でした。
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川底下村によく似た日本の集落

  北京の川底下村によく似た集落が愛媛県城南町に有りますので紹介します。
ここは四国の豊後水道に面した小さな漁村ですが海岸の急な斜面に石垣を積み重ね
た土地に数十戸の建物があります。

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by tosayosakoi | 2012-04-25 10:37  

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