<   2013年 03月 ( 3 )   > この月の画像一覧

 

早春の梅園


 三重県最北部にあるいなべ市の「いなべ市農業公園梅園」は東海地方でも最大級と云われる梅園で33haの敷地に100種約4500本の梅の木が植えられており残雪の鈴鹿山脈を背景に、今が(3月22日現在)見頃で多くの観光客が訪れております。
 梅園は馬蹄型をした谷間にあり駐車場や管理区域からの眺めは正に絶景で又、梅園の中の散策路には梅の香りが漂いまさに早春の息吹を感じさせてくれます。


a0208066_6185841.jpg
     梅林近郊の方は是非一度訪れてみて下さい、に案内図を添付しておきます。

a0208066_6495267.jpg

a0208066_6232369.jpg
                梅園を一望に見渡せる丘の上から

a0208066_6265338.jpg
           隣接地には宿泊施設付きの貸農園も併設されております。

a0208066_632421.jpg

a0208066_636587.jpg
              梅園の西方には残雪の鈴鹿山脈が遠望できます。

a0208066_642482.jpg

a0208066_6412041.jpg

a0208066_6452439.jpg
         梅園はゾーン毎に梅の種類や彩りでレイアウトされております。

a0208066_6563492.jpg

a0208066_6565754.jpg

a0208066_6575371.jpg

[PR]

by tosayosakoi | 2013-03-24 07:03 | Comments(1)  

古い街並みの雛飾り


 全国各地の古い歴史のある古い街並みで、町興しの春のイベントとして雛飾りが行われておりますが、中でもまち並み雛飾りの先駆けと云われる愛知県豊田市の足助雛飾りをレポトします。
 愛知県東部にある足助町は岡崎を起点とする三州街道と、名古屋の熱田を起点とする飯田街道の中継点にあり、足助から先、塩尻までを伊奈街道、通称中馬街道とも呼ばれ物資の輸送ルート中継地として栄えた宿場でもあった。
 何れにしても、ここ足助町は江戸時代から幕末にかけては、三州街道からは塩、飯田街道からは瀬戸物など、信州内陸部への物資の中継地として栄えた処で、江戸時代から幕末までに建てられた商家や旅籠などの建物も残され、国指定の重要伝統的構造物保存地区にも指定されている足助町の雛飾りをレポーとします。
 雛飾りは、通りの商店の店先や、民家の座敷に飾られその数は86カ所にも及びます。

a0208066_20473669.jpg
           旧街道筋約2キロの沿道筋の家々にひな人形が飾られる。

a0208066_2174622.jpg

a0208066_2183517.jpg

a0208066_2185935.jpg

a0208066_2194331.jpg

a0208066_2110772.jpg

a0208066_21114883.jpg
           静かな山間の街も、ひな祭りの期間中は観光客で賑わいます。

a0208066_2117579.jpg

a0208066_21151032.jpg

a0208066_21153866.jpg

a0208066_21181567.jpg

a0208066_21193963.jpg

a0208066_21204921.jpg

a0208066_21213033.jpg
   飾られている雛人形は江戸末期の古い物から、平成に至るまでのものが飾られている。
[PR]

by tosayosakoi | 2013-03-11 21:36 | Comments(1)  

荒廃の商店街


   「シャッター商店街」と云う言葉をご存じですか? 全国の地方都市で、かつては街の主要駅周辺や、街の中心地にあった地元の商店街が衰退や空洞化で商店などの廃業や閉店でシャッターの降ろされたままの商店街の事を云います。
 三重県四日市市近鉄四日市駅前にある商店街のレポートです。
1980年代半ば頃までは繁栄を極めたこの商店街も、近郊にスーパーマーケットの進出により徐々に客足が遠のき商店街の衰退が始まったと云う。 更に2000年の大規模小売店舗法の改正によって、大駐車場を備えた郊外型の大型スーパーマーケットの出店の煽りを受け、壊滅的な打撃を受け次々に廃業、閉店を余儀なくされ商店街の店舗数は激減した。
 ある元商店主は、「今迄商店街復活のためいろいろやって来た、しかし大型店との価格競争と、モーターリゼーションに見合った駐車場の確保なども出来ずお見かけの通りです。」 更に「此処で商売やっと人の中には生活にも困って居る人も仰山居るんやで、店つぶれて仕事はありゃへんし、年金も国民年金だけで食べていけせんもな」と寂しく話しておりました。
 この商店街も繁栄期には一日数千人もの買い物客で賑わったこともあるそうですが、私の訪れた日曜日の昼前と云うのに開いている店はまばらで人通りも殆ど無くゴーストタウンのようでした。


a0208066_1857895.jpg
             日曜日の昼前と云うのに人並みが途絶えた商店街

a0208066_1901198.jpg
       幅抜けたように、店舗が取り壊され塀の向こうに冬の空が見えていました。

a0208066_1932313.jpg

a0208066_19458.jpg

a0208066_1942993.jpg
    閑散とした商店街のアンケードの隙間がら、の日差しが物寂しさを演出していました。

a0208066_1983254.jpg

a0208066_1992139.jpg
  売り物件、歌詞物件の看板が目立ちますが、此処で新に商売を始める人はいないそうです。
[PR]

by tosayosakoi | 2013-03-01 19:25 | Comments(2)